ショボぐだら
ショボショボでぐだぐだな日々をだらだら書いたり書かなかったり・・・・・ ああ、この説明自体がもう既にショボぐだら。。。

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赤塚不二夫とタモリ

昭和の巨匠がまた一人お亡くなりになりました。ギャグ漫画の神様赤塚不二夫先生です。

私の場合、「天才バカボン」のアニメを再放送とかでは見てはいたのですが、年代的に直接影響を受けたギャグ漫画というと「マカロニほうれん荘」「がきデカ」などだったので赤塚先生の全盛期ではなかったのですが、赤塚先生がいなければそうした漫画たちも存在していなかったでしょうし、やはりとても偉大な人物です。
そのあたりのことは赤塚先生の作品をダイレクトに見てきた世代である
泉麻人さんとみうらじゅんさんが追悼対談をされてましたので興味ある方はご覧下さい。

↓「天才バカボン」今こうして見るとやっぱすごく面白いですね。爆笑しましたわ。

赤塚先生というと漫画のみならず人柄、存在自体もかなりユニークだったようで
色々な人たちと幅広く交流し他人を愛し、同時にとても愛された人だなぁと。
当時も見た記憶もあるのですが、kurooolongさんという方がyoutubeにUPしている
↓こちらの番組を見るとそのお人柄がうかがえます。









昭和という時代は赤塚先生はもちろんのこと、横山やすしさんとか勝新太郎さんとか
いわゆる破天荒な天才が多かったですね。
現代はこうしたワクからはみ出ているかんじの人を許さない社会になってきてるような気がする
のはとても残念です。

さて、赤塚先生というと私の場合はやはりタモリさんとの関係に目がいってしまいます。
ちなみにタモリさんのデビューの際の逸話ですが
1972年(タモリ当時27歳) 博多のホテル・タカクラに渡辺貞夫ツアー一行が宿泊。
ツアーメンバーの一人の山下洋輔さんが、部屋でドンチャン騒ぎをしていた。
その部屋の前をたまたま通りかかったタモリは「ド アも空いていて面白そうだから」と
いつの間にか仲間に加わる。
山下の部屋ではTVの音を消してでたらめなアテレコで盛り上がっている真っ最中。
そこへ飛び入りでメチャクチャな韓国語を披露。それからはエスカレートするタモリの
反応に一同は大ウケ。ドラムスの中 村誠一と宴会芸で渡り合い完敗を認めさせる。
翌朝出勤のために帰ろうとするまさにその時、「ところで君は誰なの?」と山下。
タモリは「森田と申します」とだけ答え、その場を去る。
その後、山下は東京に戻り、たまり場"ジャックの豆の木"(バー)の常連客に「九州の
天才」について話しまくる。芸好きであり、また自らも芸に自信のある店の常連客達は、
"森田"という人物に興味を持つよ うになる。
"ジャックと豆の木"のママが「新幹線代を出し合ってその九州の伝説の男」を店に呼ぼう」
と発案。常連客の間で"森田を呼ぶ会"が結成され、帽子を回してお金を出し合い、タモリ
のための新幹線の切符が買われる。
そして記念すべき同年六月。店の常連客である赤塚不二夫、長谷邦夫、高信太郎、
筒井康隆、山下洋輔らが待ちかまえるジャックと豆の木にタモリがやってくる。
"四ヶ国語麻雀"など後に密室芸と呼ばれるものを披露。常連客からの難しいリクエスト
(「中国語のターザン映画をやれ」「大河内伝次郎の宇宙飛行士が宇宙船の中で苦しんで
いる様子を韓国語でやれ」)も30秒ほど考えるとすぐに実践。しかも面白い!!
その即興芸に全員が感動。
赤塚不二夫はその場で「自分の出ているテレビ番組に出演しろ」とタモリを説得。
しかしタモリは「八月までは東京にいられない」と答える。
ここで赤塚は「絶対九州に帰しちゃいかん」と思い「じゃあ俺のマンションに来い」と提案。
これ以降、赤塚宅での居候生活が始まる。
(QUICK JAPAN Vol.41の"タモリ年譜"より)

とまぁ、こんなかんじで赤塚先生がいなければ今のタモリさんは存在していなかった訳です。

おまけに居候させてもらってる時、タモリさんはこの人は大金持ちで他にマンションとか持ってるに違いないと思ってたら、赤塚先生はタモリさんに貸したマンション以外に寝るところがなく、
仕事場のロッカーを倒してその上で寝てたらしいと。
タモリさんは月20万円ほど小遣いをもらいマンションの赤塚先生の服やベンツを始め私物も好き放題に使っていたが みんなタモリさんが使ってるから、赤塚先生はボロい服来て、電車で移動してたそうな。 後でそのことを知って、さすがにグッときたが、ここで遠慮するような小さな人間になったら、自分を買ってくれてる赤塚氏を裏切ることになり、それは居候道にもとると思い
ますます好き放題に居座ったそうなんですが、もうね、どちらも凄すぎますよね。
タモリさんは後にテレビで「居候ってのはね、卑屈な態度とっちゃダメなの。 普通は申し訳ないと思うでしょ。でも、そこで見くびられちゃ駄目。あなたの目は狂っていない、と堂々としてなきゃ。
こいつ凄い、と。そう思わせないと向こうも、こんな奴に金払ってんの?という気になるでしょ」
と、こんな感じの事を言ってたのですが、その図太さというか配慮というか?も凄いですし
それをニコニコしながら受け入れていた赤塚先生の人間の器の大きさも凄い。

このお二人の逸話はいろいろあるようですが、あまりにも面白そうでその場にいれた人は
本当にしあわせだったろうなぁと思います。

タモリ「この人はなぜか風景に対して恨みがある人なんですよ。自然な形で人から賞賛されるっていうのが嫌なんだろうね。工夫がないとだめだと思ってる。去年、初めて京都の大文字焼き見に行ったんですよ」
赤塚「なんでもないよー、あんなもん! 山にただ大って書いてあるだけだろっ!」
タモリ「恨み持ってんだよねぇ。ムキになっちゃうんだよなぁ。(笑) 主催者が全部が見える一番いい場所を用意してくれたんだけどね。俺なんて初めて見るから、すごいなぁなんて言ってたわけ。それでもこの人には恨みがあるから、「こんなもの、山全体が燃えりゃ面白いけども、何が面白いんだっ!」って怒ってるわけですよ。(笑) 犯罪だよねそんなことやったら。そんときも、やっぱりこの人は何か風景に恨みがあるなって思いましたよね。だから、軽井沢の別荘のときも「こんな風景だけじゃ面白くもなんともねーよ! 十分も見りゃあ飽きるんだよ!」って怒ってるから「じゃあどうすりゃいいの」って訊いたら、零下十二度の雪降る庭で、全裸で平然と足を組んで週刊誌を読むっていうのをやったんだよ。(笑) それはそれなりに面白いんだけど、散々違うネタもやってみたんだけど、結局人間がいるってこと自体が面白くないんじゃないかってことになったんだよ。それでこの世のものでないものってことで発想したのが、火を点けたロウソクをケツに突っ込んで後ろ向きに歩いて来るっていうのだったんだよね」
赤塚「それは、最後にやったんであって、そこに行くまでに百通り近くやってるんだよ。死にそうになった。(笑)」
タモリ「よくやったよねぇ、あんなこと」
赤塚「でもね、最後にやったのはそれじゃないんだよ。後ろの木の陰でネタを仕込むんだけど、その木から隣の木に飛び移ってモモンガってやったんだよな、俺が」
タモリ「それはムササビ。ケツにロウソク以上のものは、もう俺にはできないってことで別荘の中に入ろうとしたわけ。そうしたら、後ろで「ムサッ」って声がしたんですよ。振り返ってみたら、この人が雪の上で唸ってる、「ウッー」ってね。(笑) 多少アイスバーンだったせいか切り傷とかもあるわけ。そこで事情を聴いてみると、「ムササビー」って叫んで木に飛び移ろうと思ったんだけど、「ムサ」と言ったところで地面に叩きつけられたらしいんだよね。(笑) 落ちて唸ってるんだけど、誰も落ちたところは見てない。「ウッー」って唸ってるとこだけ」
赤塚「できると思ったんだよねぇ、死んでもイイと思ったんだから」
(『これでいいのだ。―赤塚不二夫対談集』より)

もう最高ですわ。ギャグの為になら死ねる覚悟がある訳です。
ちなみにこのお二人は一時期あまりに一緒にいるもんだからホモになれるか試してみようかという事になり裸で抱き合ったが結局無理だったというエピソードもあります。
↓は初回の24時間テレビ「愛は地球を救う」の深夜に放送されたやつだそうで、
  もうたまりませんよホントw



そうした濃密な関係性が赤塚先生とタモリさんにはあったわけで、だからこそ亡くなられた後のタモリさんの心のこもった弔辞にはグッとくるものがありましたね。
白紙だったのではないかとか現代の勧進帳だとかネット上でも話題になってましたが、そもそも即興芸こそタモリさんの真骨頂。
勝手な想像ですが、白紙じゃなく実は薄墨で例の安産マークだけ書いてあったりして、それを神妙に読み上げているように見せるという即興芸をななめうえあたりで見ている赤塚先生にだけはわかるという形で見せたんではないかなぁと思ってみたりしてます。

赤塚先生おつかれさまでした。そして、どうもありがとうございました。
ご冥福をお祈りします。

では下にそのタモリさんの弔辞ノーカット映像と全文をのせておきます。


弔辞
8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほん のわずかではありますが回復に向かっていたのに本当に残念です。
われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。あなた の今までになかった作品やその特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられま した。10代の終わりから我々の青春は赤塚不二夫一色でした。

何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバー でライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時 のことは今でもはっきり覚えています。『赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私を 見ている。』この突然の出来事で、重大なことに私はあがることすらできませんでした。 終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わ りに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないから私のマンションにいろ 』と、こう言いました。自分の人生にも他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断 をこの人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが 始まりました。
しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては深夜までドンチャン騒 ぎをし、いろんなネタを作りながらあなたに教えを受けました。いろんなことを語ってく れました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学 びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私にとって金言として心の中に残っ ています。そして仕事に生かしております。

赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをする時も、相手の振り込 みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなた がマージャンで勝ったところを見たことがありません。その裏には強烈な反骨精神もあり ました。あなたは全ての人を快く受け入れました。そのために騙されたことも数々ありま す。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や相 手を恨む言葉を聞いたことがありません。あなたは私の父のようであり、兄のようであり 、そして時折みせるあの底抜けに無邪気な笑顔は、はるか年下の弟のようでもありました 。あなたは生活全てがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀のときに、大き く笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺のときたこちゃんの額をピシャリ と叩いては『このヤロウ逝きやがったな』とまた高笑いしながら大きな涙を流していまし た。あなたはギャグによって物事を無化していったのです。
あなたの考えは全ての出来事存在をあるがままに前向きに肯定し受け入れることです。そ れによって人間は重苦しい意味の世界から解放され、軽やかになりまた時間は前後 関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見 事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。

今、2人で過ごしたいろんな出来事が場面が、思い浮かべされています。軽井沢で過ごし た何度かの正月、伊豆での正月、そして海外へのあの珍道中。どれもが本当にこんな楽し いことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五 山の送り火です。あの時のあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで一 生忘れることができません。

あなたは今この会場のどこか片隅にちょっと高いところから、あぐらをかいて肘をつきニ コニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わ せてみろ』と言っているに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかも しれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。
私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉 親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなか ったのです。あなたも同じ考えだということを他人を通じて知りました。しかし、今お礼 を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございま した。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。

平成20年8月7日、森田一義
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